知財管理技能検定1級ブランド専門業務試験合格への道かな?

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クリーンハンズの原則

前々回、前回とに関連することを書きます。
クリーンハンズの原則という言葉は御存知でしょうか。

これは、「法を守るものだけが法による尊重、保護を求めることができ、法を違反するものは法による救済を受けることはできない。」という原則のことだそうです。
民法上、このことが明確に書かれているわけではありませんが、民法第1条第2項に書かれている「信義則」が、クリーンハンズの原則の根拠とされているそうです。
またこのクリーンハンズの原則の考えが反映されている法条項文としては、民法第708条「不法原因給付」がある、と考えられています。


このクリーンハンズの原則を、「殺人契約」を例にして考えてみます。

「丙太さんは、丁夫さんにある人を殺してほしいと依頼『殺人契約』を結びました。その際、丙太さんは、丁夫さんに前金を渡しました。

しかし、後になって丙太さんは怖くなり、丁夫さんに、『殺人契約』を取り消しそして前金を返してほしい旨話しましたが、丁夫さんは返そうとしてくれません。

それで、丙太さんは、裁判所に訴えようとしますが、そもそも「殺人という違反な行為の契約」なのであり、金を払ってその依頼をし契約をするような人物を裁判所は相手にすることはなく(ここが「クリーンハンズの原則」が反映されているところです。)、よってこの訴えは棄却されてしまいました。そして、丁夫さんに支払った金はも結局どってきませんでした。」

こんなところでしょうか。


この「殺人契約」は、前回説明したとおり、「公序良俗に反する」ので、民法第90条により無効となります。
そうなると、丙太さんは丁夫さんから前金を返してもらえそうです。でも、丁夫さんは返してくれません。それで丙太さんは法に訴えようとしますが、違法だとわかっててした契約である以上、そしてそれが無効であっても、もはや法による救済はない、というのがこのクリーンハンズの原則なのです。

なんとなく、クリーンハンズの原則を御理解いただけましたでしょうか。
クリーンハンズの原則は、「殺人契約」の他、「愛人契約」で説明されたりします。



さて、前回のブログに書いた「ゴーストライティング契約」の場合においてもおそらく同様に考えることができるでしょう。

例えば、
後になって、「やっぱりやだ」と思った甲子さん。ゴーストライティングしたエッセイの掲載を止めてもらおうと、乙美さんに申しでて、乙美さんに提供したエッセイを返してもらおうとしました。しかし、「食事おごったでしょ?」と乙美さんは返そうとしてはくれません。そして、乙美さんの名前でこのエッセイを掲載することも止めようとしないので、そこで甲子さんは裁判に訴えて、法の救済を受け、掲載を止めさせ原稿も取り戻そうとします。しかし、そもそもゴーストライティング契約は公序良俗に反するものです。この場合も、クリーンハンズの原則によりおそらくダメで、法の救済を得ることはできないと思います。結局、裁判で法に訴えることはかなわず、エッセイ原稿は戻ってこず、その掲載を差し止めることも認められないと思います。


ちなみに気になるのは著作権の権利帰属についてです。これは、いろいろと考えることができるとは思います。あくまで私の個人的な意見ですが、契約自体は無効だとしても、著作財産権は形式的に乙美さんに移り、甲子さんには著作者人格権だけが残る、のではないかと考えます。
まず著作財産権についてですが、第三者は著作者は乙美さんだと考えると思います。そして、エッセイの利用等について乙美さんから許諾を得ようと思い、実際に許諾を得たとします。なのに、本当の著作者は実は違うとなると、あらためて甲子さんから許諾を得なければなりませんが、甲子さんが許諾をしてくれないかもしれません。許諾を一旦得たにもかかわらず、真の著作者は別の人で、あらたに許諾を得なければならない、あるいは許諾を得ることができなかったら、第三者は困ります。そんな善意の第三者の不利益になることになってはいけないと思います。甲子さんは、対価を得ている以上対抗できませんし、そもそもわかっていて公序良俗に反する契約をしたのですから、不利益になってもそれは仕方がないでしょう。善意の第三者に対しては、甲子さんから乙美さんに権利が移ったものとして、善意の第三者は乙美さんに許諾を得ればよく、甲子さんは善意の第三者にはもはや権利行使は認められない、と考えるべきかと思います。
そして、著作者人格権ですが、甲子さんに著作者人格権が残っても、甲子さんは実際に行使することはできないのではないかと思います。まず、契約の際、明文にて著作者人格権の不行使を取り決めたわけではありません。しかし、ゴーストライティング契約を結んだ際の暗黙の了解として著作者人格権の不行使を合意していると考えることができるのではないかと思います。前回のブログでも書きましたが、著作者人格権の不行使は、ゴーストライティング契約の必要かつ重要な事項の一つですし、そうでないと、ゴーストライティングになりませんからね。そして、民法第90条違反、公序良俗に反する契約ということでその契約は無効とされ、よって著作者人格権は再び行使できることになりそうですが、クリーンハンズの原則により著作者人格権は行使できないままになるのではないか、と私は思います。
まあ、このあたりは弁護士の方の法の専門家としての御意見を伺いたいです。



個人的には、このように自分にとっての不利益を考えることができる以上、最初からゴーストライティング契約などしない方がいいのではないか、と思います。

ただ、現実として、ゴーストライティングはかなり行われているらしく、よってゴーストライティング契約を民法第90条違反とする考えや、クリーンハンズの原則をゴーストライティング契約に適用する考えについて、理屈上正当性はあっても、これらの考えは社会の実情にあわないのではないか、という意見があるらしく、この点も書いておきます。


このクリーンハンズの原則を、佐村河内氏の件で考えてみるのも、いい頭の体操になるかもしれませんね(笑)。