書籍紹介その34 レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?
「隠すべき(アイデアをノウハウとして秘匿する(=ブラックボックス化)べき)か、隠さざるべき(アイデアを特許出願して権利化をはかる(=アイデアを公開することになる)べき)か、それが問題」です。
簡単に言ってしまえば、「特許とノウハウ、どちらでアイデアを守るか」ということです。
結論を言いますと、「どちらも一長一短あるので、いろいろな要因を判断し特許とノウハウをうまくつかいわけて、アイデアを守る」ということです。
でも、言うは易し、行うは難し、です。
このためのヒントとなりそうなことがこの書籍には書かれています。
そしてそのための1つの力となるのが、この書籍に書かれている「知財コミュニケーション力」なのかもしれません。
レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?:特許・知財の最新常識
- 作者: 新井信昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2016/12/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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最初、私は、この著者は特許を否定しとにかくノウハウでアイデアを守れというタイプの人だと思っていました。
この書籍の最初の方で著者は「(全てではないにしても、)アイデアは特許よりもむしろノウハウとして秘匿すべき。」というようなことを主張していますので、ついそのように思ってしまいました。
でも、これは私の誤解でした。
詳しくはこの書籍をお読みいただくとして、実は私も同意だったりします。といいますか、これは当然のことだとさえ思ってます。この点を誤解している人は少なくない気がします。なんでもかんでも特許出願し登録すればいいわけではないでしょうから。
ただ、著者は「アイデアは必ずノウハウとして秘匿しろ、特許出願をするな。」と言っているわけではけっしてありません。むしろ、「両方をうまく使いわけろ。」、「その見極めができるようになれ。」と主張しています。この点は誤解無きようお願いします。
そもそもアイデアを完全に隠すことなど、自分の心にでも秘めておかない限り、まず無理です。ノウハウとして秘匿してもそれなりの限界はありますし、ましてや特許出願したら絶対無理です。
では、アイデアを隠すことができない(=アイデアが公開される)のに、何故特許出願をし特許権を取得しようとするのでしょうか。
建前とはいえ、特許が公開されることには理由があります。それは「特許を公開することが産業の発展に寄与する。」と考えられているからです。
公開するかわりに、特許権者は、一定期間、その特許技術を独占して権利行使できます。
これが「特許制度」なのです。技術を独占したいからこそ、特許出願をして特許権を取得しようとするわけですが、その代償としての「産業の発展のための特許の公開」なのです。
もっとも、現実は単純かつきれいごとではすまされませんし、この書籍でも指摘されているように様々なデメリットが特許出願にはあるわけです(そのデメリットについての詳細は、この書籍をお読みください。)。
そこで、アイデアを特許出願せず、ノウハウとして秘匿してしまえばいいじゃないか、という発想になるわけです。
アイデアを秘匿しておけば、それが漏洩されない限りは、アイデアを隠し守ることができるからです。
でも、それでも完全ではありません。
これは、私独自の見解ですが、そのノウハウとして秘匿したアイデアを商品化し世間にて販売したとして、その商品(に使われた技術)がリバースエンジニアリングなどにより分析され、その結果その商品のノウハウとしてのアイデアが(完全でなくとも)知られてしまえば、そのアイデアを活用した(同一ではなくとも)類似商品が作られてしまう、そういうリスクは多かれ少なかれ存在する、と考えます。
例えば、書籍のタイトルにある、コカ・コーラや、ケンタッキーフライドチキンで考えてみたいと思います。
この2つの企業は、商品のアイデア(味のレシピや製造方法)をノウハウとして秘匿している企業の代表的存在といってよいと思います。そのノウハウとしてのアイデアの秘匿については、かなりの努力と苦労があると思います。でも、その甲斐あって、この2つの企業は現在の地位を得ているわけです。
ただ、コカ・コーラと同じ味は作れなくても、コーラ飲料を作り販売している企業は他にもありますし、同様にケンタッキーフライドチキンと同じ味は作れなくても、フライドチキンを作り販売している企業は他にもあります。
それらの企業は、もちろんコカ・コーラやケンタッキーフライドチキンほどの高いクオリティの商品をつくって高い売り上げ、利益をあげられてはいないでしょうが、それでも自らのビジネスが成立する程度の売り上げ、利益はあげられているわけです。
そして、似た商品ということから、多少なりともマネをしている可能性はあるわけでして、もしかしたらコカ・コーラやケンタッキーフライドチキンの商品を分析してそのノウハウを多少はつかんでいるかもしれません。その上で、もちろん独自のノウハウを持っていることなのでしょう。
そのぐらいしなければ、それらの企業はそのビジネス市場からは撤退せざるを得ないでしょう。撤退したら、市場はますますコカ・コーラとケンタッキーフライドチキンの独占になっているはずですが、実際はそうなってはいません。
私の言いたいことがおわかりいただけているでしょうか?
このように、アイデアをきびしく管理してノウハウとして秘匿していても、そのアイデアを活用した商品を発売していれば、多少なりともそのアイデアが知られてしまう可能性がないとはいえないわけです。
特許出願をすれば、出願内容たるアイデアが公開されてしまいまい、結果その内容が知られてしまうことと、結局同じことになる可能性がノウハウには存在するのです。
アイデアをノウハウとして秘匿しようが特許出願して特許権を取得しようが、程度の違いはあれ、どちらにせよある程度のアイデア情報は漏れてしまう可能性があるのです。
著者は、アイデアは秘密にしておき外部に「見せない、出さない、話さない」ことを主張されてますが、商品として販売している以上、完全には隠し立ては無理です。
では、どうすればいいのでしょうか?
前述のとおり、アイデアは、完全に隠すことはできませんが、ある程度には隠すことができます。
また、アイデアを隠すことと、アイデアを守ることは別問題だといえるでしょう。
なので、「アイデアを守ること」が一番の目的ですから、そのために(アイデアを完全には隠しきれないとしても)アイデアをノウハウとして秘匿するか、アイデアを公開することになっても特許権を取得してアイデアを独占的に使用できるようにするか(これも一つのアイデアの守り方です)、状況に応じてベストな選択をして、うまくつかいわけるしかありません。
これを一言で書くと、この書籍でいうところの「オープンクローズ戦略」です(ここでいう「オープンクローズ戦略」とは、本来の「オープンクローズ戦略」とは異なった概念であることに注意してください。)。おわかりと思いますが、オープンは特許、クローズはノウハウ秘匿を意味していて、両方をつかいわけてうまく活用しろ、ということです。
「オープンクローズ戦略」についてはこの書籍の第6章に書かれていますので、詳しくはこちらをお読みください。私はあえてこれ以上は書きません。
なお、「オープンクローズ戦略」の他、ヒントとなる様々なことがこの書籍には書かれています。「知財コミュニケーション力」の必要性も説かれています。
しいてこの書籍に私が同意できない点を書けば、少し知的財産管理技能検定3級を持ち上げすぎのきらいがあるように思いました(笑)。個人的には、3級ってたいしたことなくあまり役にたたないと思うのですが(笑)。ま、これについても詳しくはこの書籍を読んでみてください。
閑話休題、大事なことは「アイデアの保護を常に自覚、意識して、ノウハウ秘匿をするにせよ特許出願をするにせよ、本当に必要ならアイデアを守り続ける意志と覚悟を持ち、そして実行し続けること」ということなのだ、と思いました。
そして、おそらくそのために必要なものの一つが、「知財コミュニケーション力」なのでしょう。
追伸
「下町ロケット」の再放送SPを見て思いましたが、基本特許とか、改良発明とか、ライセンスとか、それらを考えるとまた複雑になりますが、本当はそれらについても考える必要があります。
今回が、2016年最後のブログになります。また来年2017年も宜しくお願い申し上げます。