知財管理技能検定1級ブランド専門業務試験合格への道かな?

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あらためて《音楽教育を守る会 vs JASRAC》 第6回 音楽教室というビジネスから見た、侵害主体論

第5回その1で、主体という言葉こそ使っていませんが、主体について軽く触れたつもりでいます。ただ、おそらくわからないと思いますので、今回は、この「主体」、具体的には「侵害主体」について、もっと突っ込んで考えてみたいと思います。

 

まあ結局、音楽教室における生徒(講師も含まれるかもしれませんが、とりあえずこれについては考えません。講師については最後に簡単に書きます。)の演奏行為が、著作権法第22条を侵害するかどうか、の話をまたするわけです。

 

 

仮に、音楽教室ではなく、自宅で個人が演奏の練習しているだけの場合は、この行為は著作権法第22条を侵害しません。当たり前ですよね。(もし侵害するのだとしても、著作権法第30条第1項が適用され、結果侵害をとがめられることはないと考えられます。)

そして、音楽教室の場合も、そのレッスンは練習行為と同じように考えられるのでしょうか、著作権法第22条の侵害にはならない、と考える方もいらっしゃいます。はたしてそうでしょうか?

 

個人で練習しようが、生徒として音楽教室でレッスンを受けようが、楽器を演奏できる(歌う場合は上手に歌える)ようになりたい、ということではどちらも同じです。

しかし、音楽教室の場合は、個人の練習の場合と異なる点があります。

ビジネスとして経営されている一音楽教室(何度も書きますがけっして学校ではありません)にて、講師が演奏技術を教えている、という点です。

つまり、音楽教室は、レッスンを受ける生徒に対してその講師が演奏を教えることにより利益を得る、というビジネスを行なっているのです。

そして、音楽教室である以上、そこで生徒が演奏を行うことは当然、必然不可欠です。そのことを音楽教室は求めているのですから。そうでなければ音楽教室とはいえないでしょう。

また、音楽教室は生徒に演奏を教えているのですから、音楽教室には生徒に対する管理・支配性があるといえます。

以上のことから、実際の演奏をしている主体は生徒でも、著作権法第22条の侵害主体は音楽教室となるのです。

 

これは、「カラオケ法理」(※)と「ジュークボックス法理」(※)について考えれば、至極当然のことです。

 

 

最後に、講師について考えてみます。

講師は、自ら音楽教室を経営する場合を除き、音楽教室と契約をして、講師をしているのであり、その意味では、音楽教室とは別主体と考えられます。

また、生徒からみるならば、講師は音楽教室側と一緒と見做されて仕方がありません。

前者の場合は、音楽教室の生徒の場合と、同様に考えればいい話です。

後者の場合は、音楽教室側と一緒と見做されるのですから、まさに音楽教室が侵害主体となるということです。

どちらにおいても、音楽教室が侵害主体とされることには変わりがありません。

 

 

 

 

(※)「カラオケ法理」「ジュークボックス法理」について

 

私が理解している範囲で、説明してみます。もし、間違っていたりわかりにくかったら、その旨御指摘お願いいたします。

 

①「カラオケ法理」
著作物の利用主体の拡張法理です。

形式的にはカラオケで著作物たる歌を歌っている人が実際の侵害行為主体といえますが、営利目的でカラオケ機器を設置し客にカラオケを歌わせている店こそを著作権侵害の主体とする、という考え方です。

「管理・支配性」と「営業上の利益の有無」がポイントです。

今回の音楽教室においては、音楽教室が生徒を管理・支配しているといえ、また営利目的ですから、カラオケ法理が当てはまると、私は考えます。
クラブキャッツアイ事件裁判判例を御参考ください。

 

②「ジュークボックス法理」
これも、利用主体拡張法理の1つ、といいますか、カラオケ法理の補足理論のように私には思えます。

ジュークボックスにおいて、実際の侵害行為主体は、ジュークボックスに金を入れ操作をし曲を再生させた客、といえます。

しかし、店はジュークボックスを設置しています。このジュークボックスの設置は、店による「枢要の行為」です。店にジュークボックスが設置されている、だから、客はジュークボックスを利用することができ、侵害行為に及ぶことができたわけです。この「枢要の行為」を行なった店を著作権侵害の主体とするのがこの考え方です。

①でいえば、カラオケ機器を設置したという店の行為は「枢要の行為」といえるので、やはり店が侵害行為主体といえます。音楽教室の場合は、音楽教室が存在することこそがまさに「枢要の行為」です。だからこそ、生徒は音楽教室で演奏行為をすることができまたそうしているにすぎないのです。
ラクロクⅡ事件裁判や、まねきTV事件裁判の判例を御参考ください。

 

今回の音楽教室には当てはめるのは難しいですが、利用主体拡張の考え方として、参考までに「手足論」についても書いておきます。

③「手足論」
主に「書籍の自炊」において考えられている論らしいです。「書籍の自炊」を例にして説明します。形式的には確かに自炊業者が実際に物理的に複製という著作権侵害行為を行なっていますが、それはあくまで依頼主の手足としてしたにすぎません。業者に自炊行為を依頼した人がその業者に対して管理・支配していたと言えるならば(金で依頼するのも管理・支配といえるようです。)、業者に自炊行為を依頼したその人こそが著作権侵害の実質的な主体である、とする考え方が「手足論」です。

なお、「手足論」は、本来、行為を実際にしていない本人自身を侵害の主体とし、第三者はその手足として実際に行為をしたにすぎない、そのことを説明する場合のことをいうらしいです。反対に、本人自身は侵害の主体でなく行為をしただけの手足にすぎないのであり、本人に行為を依頼した第三者こそが侵害の主体であると説明する場合を「逆手足論」というらしいです。